マン毛

 

深夜のコンビニ、一つだけ売れ残ったホットスナックを指差し。

アルバイトのマン毛は気怠そうに見送り、だが今はそれがありがたかった。

 

ドオンと辺りは静まり返っていて、時折トラックかタクシーかが通過する音が、あちらこちらのマン毛から聴こえてくる。

(それは僕が現実と確かに繋がっていることの証しでもあったか。)

 

春のなまぬるい闇の中に、入り混じるように歩いてゆく。俯いた姿勢の僕には行くアテもなく、首から肩までしぼめて。止水栓とマンホールと、路側帯を示す剥がれかけの白線とを、ぼんやりと視界に収めたまま、右手に提げたレジ袋には、まだホカホカのマン毛が入っていた。

 

飲みかけのマン毛を置いて、君は僕に告げた。

君の表情には、イマこの時を以って、僕との過去に訣別し、新たな道を歩こうという意思がはっきりと見えた。清廉な、凛とした美しいものだった。サヨナラは未来へのIライン。春はマン毛の橋渡し。

 

 

僕は君の為ならば、何だってやってきたつもりだった。食べるマン毛に、飲むマン毛。読み解くマン毛。時には、勝つマン毛だってあった。そして何より、愛したマン毛。

こんな記憶にばかり想いを馳せる僕は、自分自身に嫌悪感を抱く。進んで行く君に対して、過去にしがみついているようで、酷く惨めに、滑稽に、女々しく思えた。

 

僕は歩みを止める。涙が一筋、頰を流れ落ちたからだ。弱さと脆さとを恥じることに苛まれる僕は、ここで先に購入したマン毛の存在にやっと気付いた。

コンビニで購入した、残り一個売れ残っていた、マン毛。

 

 

 

はぁ〜〜〜??何故、マン毛?

なんでこんな時に、僕はマン毛なんか買ったんだ。なんで、なんで。此の期に及んで、僕はまだ、マン毛にすがらなきゃいけないのか。頭がイカレてる。

 

責めるべき対象を自身からマン毛へすげ替えた僕は、その場でマン毛を捨てようとした。マン毛を地面に叩きつけて、マン毛を踏みつけようとした。マン毛がマン毛と分からないようになるまで・・・が、それは遂に叶わなかった。

 

それどころか僕は、叩きつけようとした右手を、左手でそっと包み込みました。

後生大事にマン毛を抱えて、駆け出したのです。

 

 

築50年のぼろアパートに帰宅した私の背中には、じゅんと汗が染みていました。

しかしそんなことはお構いなく、一目散にリビングへと向かいます。机に散乱した、目薬やらガムやらノートパソコンやらを、逆テーブルクロス引きの形で床に落とすのです。

 

 

そうして、他に何も物が乗っていない、空にした机の上に。

私は、マン毛を、うやうやしく置きました。

 

 

私は、マン毛を、うやうやしく置きました。

マン毛を、そうっと。安置したのです。

 

 

その通りです。ご明察の通り、私は射精しておりました。

春の闇夜に紛れ込み、花の香りに抜きん出た、白く儚いソメイヨシノ。満開で、天晴れに御座い候。

 

机に佇むマン毛は、まだほんの少しだけ暖かかった。