記憶喪失前の僕から記憶喪失後の僕へ

拝啓

 

お元気ですか?

こんにちは。

僕は、記憶喪失前の君です。

具合はどう?

痛くない?

どこまで忘れちゃった?

自分の名前は?

親は?

友人は?

 

もしかしたら、文字も読めないかもしれない。

漢字が読めないかもしれない。

言葉と意味が対応していないかもしれない。

そのときは、ちかくにいるひとにおしえてもらってみてね。

べんきょうして、よめるようになってからよんでみてもいいね。

 

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世間では、「あの映画、もう一度記憶を消して観たいね〜」なんて言うけれど、君にとっては、たまったものじゃあないね。

 

これは君が記憶を失って、辛い、苦しい、という気分への、せめてもの慰みという意味ではなくて、君が今まさに記憶喪失前の僕からのメッセージを読んでいるという体験こそが、どんな名作映画にも代え難いスペクタクルだからです。

 

きっと今後、どんな景色を見ても、どんな音楽を聴いても、歩み、考え、食べて飲んで、人間関係の中へ飛び込んでいっても、この体験に比べれば無味乾燥で、陳腐なものだと感じることでしょう。

 

時間を過ごしていく中で、強烈な死への想いと、過去の記憶を取り戻したいと願うことでしょう。(周囲の人間もそうするだろうね)

 

でも、君だけは変わらず、記憶だけが失われた世界で、生きていってください。

 

そして、よい返信を期待していますよ。

ご自愛ください。

 

敬具